2010年 02月 01日
米原にて(通夜を想う) |
引導渡さば 人
知人に不幸があった。子供時分からお世話になった方だったから、せめて通夜だけは…と思ったら知らせてくれた母は「親族だけでやるそうなので、来ずとも好い」と言うので、仏道の師の言葉を借りて、こう諌めた…
通夜は故人と人間として付き合う事のできる最後の晩。それ故、夜を通して線香を絶やさず水を代え、正に故人が其処に在るが如く接するべし。然るに、葬儀の礼を欠いても通夜の礼は欠く可らず…況や恩人をや。
残念な事に最近は、こうした考え方が廃れたのか、通夜を略葬と勘違いしている向きが多いようだ。僧侶が引導を渡すまでは亡骸とはいえ人であるから、人として付き合って良い。だから…大切な人が亡くなったら、何はさておいても、お通夜にだけは出るようにしよう。
葬儀が終われば故人は仏様。失礼があってはいけないが、通夜ではまだ人間。多少の不作法は赦される…とは言え昨今では通夜から礼服というケースが多いようなので…
若い人達のやり方に口を挟むつもりはないけれど、通夜に平服で来ている人を見かけたら「親しい人だったんだなあ…」と思ってあげればイイ
お別れをしたい気持ちで行くなら通夜だけでも行く。義理だけで行くなら葬儀だけでよい…僕はこう使い分けている。
知人に不幸があった。子供時分からお世話になった方だったから、せめて通夜だけは…と思ったら知らせてくれた母は「親族だけでやるそうなので、来ずとも好い」と言うので、仏道の師の言葉を借りて、こう諌めた…
通夜は故人と人間として付き合う事のできる最後の晩。それ故、夜を通して線香を絶やさず水を代え、正に故人が其処に在るが如く接するべし。然るに、葬儀の礼を欠いても通夜の礼は欠く可らず…況や恩人をや。
残念な事に最近は、こうした考え方が廃れたのか、通夜を略葬と勘違いしている向きが多いようだ。僧侶が引導を渡すまでは亡骸とはいえ人であるから、人として付き合って良い。だから…大切な人が亡くなったら、何はさておいても、お通夜にだけは出るようにしよう。
葬儀が終われば故人は仏様。失礼があってはいけないが、通夜ではまだ人間。多少の不作法は赦される…とは言え昨今では通夜から礼服というケースが多いようなので…
若い人達のやり方に口を挟むつもりはないけれど、通夜に平服で来ている人を見かけたら「親しい人だったんだなあ…」と思ってあげればイイ
お別れをしたい気持ちで行くなら通夜だけでも行く。義理だけで行くなら葬儀だけでよい…僕はこう使い分けている。
by mikeAlpha
| 2010-02-01 14:48
| エッセイ